(almost) daily corleonis

2024.10.17 Thu.

わたしが住んでいる地域は馬のまちとして知られ、自分の毎日の散歩コースにも乗馬クラブが複数ある。厩舎の窓から馬の顔が見えると嬉しいが、冬になるとその窓もすべて閉められてしまい、なかなか見ることが叶わなくなる。たまに乗馬をしている人もいるが、毎日必ず見かけるわけではない。

去年、自宅から徒歩2、3分の場所に新しい家が建てられた。広い庭が印象的で、今年になってそこに大きな柵が設置された。地面は土のままで、あまりの広さに「一体何に使うのだろう?」と疑問に思っていた。まわりに生えていた大量の木も伐採され、着々と何かの準備が整えられていっているようだった。

先日その家の前を通りかかると、信じられないくらい美しい馬が柵の中を軽快に歩いていた。夕陽のきれいさもあいまって、まるで映画のワンシーンのようだった。入念な準備はこの馬を迎え入れるためにあったのか。しかし馬が入れそうな小屋は見当たらず、さすがにここで飼われているわけではないかと思い、その場をあとにした。

次の日の朝、気になってもう一度その家の前を通ってみると、どこからか馬がひょこっと顔を出しているのが見えた。家だ。家の一部が小屋になっているのだ。よく見ると玄関の横あたりに小屋が内蔵されているようなつくりになっていて、馬と一緒に暮らすために建てられたことがうかがえる。

毎日のルーティーンの中に、「散歩のときに馬をチェックする」が加わった。あの美しい馬を毎日見ることができるのかと思うと、また一段と今の暮らしが好きになった。

2024.10.07 Mon.

日記ではなく、最近観たもの読んだもの

■Netflix『ボーイフレンド』観た

観終わってからずっと有志がつくった解釈一致プレイリストを聴いていて、まだ夏が終わらない感じがする。"The Boyfriend"というタイトルだが、そこにあるのは恋愛だけではなく、友情とか仲間意識とか、さまざまな形の人間関係や感情が含まれている。Netflixの公式Youtubeチャンネルで、彼らのセクシュアリティの話なども展開されていて、このあたりも拾ってこそピースが揃う感じがした。

■Netflix『極悪女王』観た

全女の話はなんとなく耳にしたことがあるものの詳しくは知らず、ヒールと呼ばれる存在がこんなにも孤高で苦しいものなのかと衝撃を受けた。それでもわたしも当時観ていたとしたら、迷わずクラッシュギャルズを応援していたであろう。

唐田えりかさん、良かった。ノンフィクションで結果は決まっているのだとわかっていても、つい頑張れと応援したくなってしまうのは彼女があの映像の中でまぎれもなく「スター」だったからだと思う。

■遠藤周作「深い河」読んだ

読み終わってからレビューや映像などを漁る手が止まらない。その数も計り知れず、何度も重版され、長い間読まれていた作品なのだということが伺い知れる。誰かと語り合いたくなってしまうというのは良い作品の指標だと思うが、本作も大いにそれを満たしている(今、誰も話してくれないけど…)。30年前の映画版キャストを見て、「うわ、わかる〜!」となってしまうのが面白い。今日公開された原作ありの映画で、30年後に同じようなリアクションがあるのだろうか。

美津子が大津に固執していた理由は、自身に空虚感を感じていたからだと思う。神(玉ねぎ)を信じて疑わない大津のことが羨ましかったのだと。

2024.09.21 Sat.

永井玲衣『水中の哲学者たち』読了。連れ合い(哲学科卒)が購入してずっと読んでみたいと思っていたのだが、「哲学」という言葉の取っ付きにくさからなんとなく敬遠してしまっていた。読み始めてみると想像していた内容とは違って、自分の身の回りに近い話で、ぐいぐい読み進めてしまった。以下の文章が特に好きだ。

ある哲学者は、哲学することの根源は「驚異と懐疑と喪失の意識」であると言った。
人は、びっくりしたりつらいことがあったりすると、「なんで?」と自然に問うてしまう。 要するに、「は?(驚異)マジで?(懐疑)つら(喪失)」から哲学は始まるのだ。(「爆発を待つわたしたちの日常について」より引用)

小学生と哲学対話を行うと、子どもたちが考えたい問いとして一番に挙がるのはいつも「生きる意味」なのだそう。「死んだらどうなるのか」といったテーマの対話についても記されていた。どうして他者の人生を生きれないのか、ノストラダムスの大予言への畏怖、死後の世界はあるのか、確かに小学生くらいのときはよく生死にまつわることを考えたり怯えたりしていたような気がする。わたしの場合、飼っていた犬が亡くなった途端に死ぬことが怖くなくなった。死んだ後に何かあるなんてことは考えていないし、どのような手順を踏むのかは予想もつかないが、最終的には同じ場所にいけるのだと漠然と信じている。

七年ほど前に祖母が亡くなる前、死んだらお棺に祖母の父(わたしからすると曽祖父)・母・弟の写真を入れて一緒に燃やしてくれと言われた。向こうで会えるように、と。「じいちゃん(夫)のは?」と聞くと、要らないと言われた。その真意はなんとなく聞くことができなかった。葬式のとき、お棺に入った写真で初めて自分の曽祖父母の顔を知った。再会はできただろうか。上手くいったならわたしも犬の写真を印刷しておくので教えて欲しい。

続いて、連れ合いの部屋にあった遠藤周作『深い河』を読み始めた。まだ序盤なのだが、こちらも「死」が大きなテーマとしてあり、『水中の哲学者たち』を読みながら考えていたことの続きのようですっと入ることができた。

2024.09.15 Sun.

起きたら既に9時近く、朝風呂をきめてからベランダでモーニング。行きしにツルヤで買ってきた食パンを焼く。食べ終わったら片付けもせずそのまま自然と読書タイムに入って、お昼まで読んでしまった。友人から借りていた高瀬隼子『おいしいごはんが食べられますように』を読了。ほんわかした話なのかと思っていたが意外と鋭い話だった。

友人から借りている本を読むのが好きだ。もともと読みたかった本というパターンもあるが、自分では本屋で手に取らない本を借りると新しい発見があっておもしろい。仲の良い友人が会うたびにいつもふらっと2,3冊貸してくれるので、楽しみにしている。これは電子書籍にはできないことだ。

昼過ぎに散歩へ。同僚に教えてもらったPodcastが面白く、ずっとニヤニヤしながら今日も10kmほど歩く。帰宅してお風呂へ向かうと、既に先客の女性たちが3人いて、3人ともロッカーの自分たちの荷物の上に、きれいにヴァレンティノのバスタオルをかけていた。誰かが指し示したわけでもなかろうに、おそらくこの施設の流行なのかもしれない。他の人がやっているのを見て素敵だな、と思ってわざわざ買ったのかもしれないと思うとめちゃくちゃ「良さ」を感じた。

風呂上がり、ラウンジでコードを書いていたら(Astroさわってます)、SupremeのTシャツを着た住人の男性に「頼めばすぐ工事してくれるよ」と教えてもらった。滞在している施設は部屋ごとにWi-Fiがなく、こうやってラウンジで作業をしていたのだが、ついに全室開通することになり、順番に工事が行われているところだったのだ(わたしの部屋は未開通だった)。有益情報に感謝しつつ作業員の方にお願いしてみると、快く応対してくださり、ものの15分ほどでついに回線が通ってしまった。これは長年の悲願であり、嬉しすぎて思わず小躍りした。しかも下りが300MB以上出ていて、自宅より早くて笑ってしまった。

ところが、あんなにも願っていたのにも関わらず、いざWi-Fiが開通するとSNSを見てしまったり作業をしてしまって自宅にいるときと変わらず、良いのか悪いのかなんとも言えない状態になってしまった。「Netflixも見れないし、本でも読むか」と切り替えていた部分が大いにある。これは自制の問題なのだけれど。

夜は出来合いの唐揚げやエビチリをつまんだりした。テレビをつけると素人のカラオケ大会的な番組をやっていて、なんとなく観てみる。連れ合いに「もしこれ出るなら何歌う?」と聞いたら「19(ジューク)の『足跡』かな…」と言っていて、そもそも歌自体知らないし、カラオケの18番がそれなのか…とわりと長い間一緒にいるのに知らないことがまだまだあるなと思わされた。

2024.09.14 Sat.

秋晴れの朝。掃除や洗濯を済ませ、ゆっくりコーヒーを淹れる。昨日三重まで釣りに行ってきた連れ合いの日焼け(というかほぼ火傷)がひどく、日焼け止めオタクの自分はなぜ塗らなかったのかとつい問い詰めてしまう。連れ合いの本の書評が最新号のPenに載っているらしく出版社の方が雑誌を送ってくださったので、つい良さげな写真が撮りたくなってしまい、コーヒーを飲み始める前にササッと撮影。朝の光に勝る照明はない。

3連休は草津温泉にある別邸で過ごす予定で、いつもは軽井沢を通って向かうのだけれど、今回は蓼科を抜けて白樺湖の方から行ってみることに。秋の日差しに照らされた黄金色の稲たちが美しい。白樺湖のあたりは人で賑わっていて、子供向けの小さなジェットコースターに乗って、両手を上げてオーバーリアクションに楽しむ大人たちの姿が見えた。

道中、宇多田ヒカルの話題で盛り上がる。わたしと連れ合いは同学年なので同じタイミングでシーンを通ってきており、この曲は中学3年のときだった、このアルバムは大学生のときだった、などと交わってはいない思い出を共有できることが楽しい。なぜAutomaticはあんなにヒットしたのか、初期のソリッドな疾走感は若さの為せる技だったのか、COLORSを初めて聴いたときの衝撃、DEEP RIVERといえば遠藤周作の『深い河』は読んだか、そんなことを話していたらあっという間に目的地へ着いてしまった。ちなみに『深い河』は読んでいないが『海と毒薬』『沈黙』『白い人・黄色い人』は高校生の頃に読んだことがある(家族内で遠藤周作ブームがあった)。『深い河』が最晩年に発表された最後の長編小説であることを知り、俄然読んでみたくなった。

着いたらすぐに着替えて、連れ合いは自転車で渋峠へ向かい、わたしは散歩へ。ポッドキャストを聴きながら10kmくらい歩く。帰宅して温泉でゆっくりと体をほぐし、拠点近くにあるネパール料理屋へ。わりと最近できたのだが、徒歩圏内かつ美味しい、空いている、安い、店員さんも親切と好きにならずにいられない店だ。毎回知らないメニューにチャレンジしていて、今日はミックストゥクパ(チベットの麺料理)、サモサチャット(サモサを割って、豆や玉ねぎと和えたもの)、ジブロフライ(タンのフライ)をオーダー。どれも美味しくて唸る。ビールも飲んでたらふく食べたのにも関わらずお会計が3,000円で少し心配になったが、毎回訪れることでサポートしていきたい。ネパールに行ってみたいと言われたが、コロナ禍の影響で海外旅行から遠ざかっていたこともあり、ちょっと気後れしてしまった。それでもレストランで見たポスターにあったような雄大な景色は、この目で一度見てみたい。